※2021年に書いた記事を少し手直しして載せています。
フォロワーが10万人を超えました。ありがとうございます。

よくがんばったな、自分。つかれた。全部俺の手柄だ。
……というのは冗談で、読んでくれた人や拡散してくれた友達のおかげです。ありがとう。
普段あまり自分語りはしたくないんですが、区切りの記念ということで、当時なにが起きていたかを書いておきます。
名前や固有名詞はいろいろ伏せています。調べればすぐ出ると思いますが、そのへんは察してください。一応おとななので。
ちなみにKADOKAWAではないです。KADOKAWAには別の話もありますが、僕は感謝しかないです。
Twitterを本腰で始めたきっかけ
本格的にTwitterを動かし始めたのは、その前年の5月ごろ。10万に届くまでだいたい1年半かかりました。
もっと早くやりたかったのに、忙しすぎて手が回らなかった。じゃあなんでそのタイミングからできたのかというと、単純な話で「打ち切り」です。
漫画家ならだれでもゾッとする言葉ですが、僕はそれほど嫌じゃなかった。むしろ清々しかった。
「これでTwitterに全振りできる」と思えたからです。
早い段階から「あ、こりゃだめだ」と感じていた連載でした。応援してくれていた少ない方々には申し訳ないけれど、そういう環境だった。
SNSは向き不向きがある
TwitterやSNSには向き不向きがあります。僕はまったく「向いて」いません。
向いている人は、ぽろっと呟いたり落書きを上げるだけでバズります。僕はそうじゃない。
でもそれなりに器用なので、「向ける」ことはできます。そのためには労力を全部注ぐ必要がありました。
もし読んでくれている人の中にくすぶっている零細漫画家や志望の人がいるなら、100万円ためて、できるだけ安い物件に住んで、半年から1年、仕事を全部断ってSNS運用に注力するのは超絶おすすめです。
フォロワーが2〜3万を超えると、本当に風通しがよくなります。望めばそこから雑誌連載も通しやすくなります。僕はもうあまりやる気しないですけど。
というわけで、当時なにがあったかを書いていきます。もうすでに長いですが、まだ前フリです。
時間がなくてSNSができなかった頃
僕の感覚では、Twitter漫画は2018年ごろから流行っていった感じがあります。やりたかったのに、本当に時間がなくてできなかった。
そのころスタジオコロリドの映画「ペンギン・ハイウェイ」の漫画版をやらせてもらっていて、ひとりで月40p描いていました。

(アンリミテッドに追加されていました。会員は無料で読めます)
仕事と並行して、自分のオリジナル連載のためにひたすらネームを描いていました。
もともと大好きな作品で、やらせてもらうのはとてもありがたかったんですが、やっぱり漫画はオリジナルでしょ、と思っていたので。
熱心な担当と賽の河原
このときの担当は熱心な人で、ネームを送ると速攻でリアクションがきました。
年下だけどセンスがあるし尊敬しているんですが、熱心さが悪い方向に出て、「このコマは右ページ下部じゃなくて左ページのあたまに持ってきましょう」みたいな細かい指示がえらい多い。
漫画を書いている人ならわかると思いますが、右下のコマと左上のページでは、キャラの向くべき方向や吹き出しの位置が変わってきます。ひたすら直したあげく、細かい調整をしたページがまるまるボツ、みたいなことがザラでした。
それでも僕には、粘ればいける、という確信がありました。
続きはこちら→WEB連載の地獄と家出の夜|ぼくとおばけとクソサイト②


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